はじめに

親族間で不動産を取引する際、多くの方は「安く譲りすぎて税務署から怒られる(低額譲渡・みなし贈与)」リスクばかりに目を奪われがちです。

しかし、実務の現場では「親の老後資金を確保したい」「他の兄弟姉妹との財産調整のために現金を渡したい」といった理由から、相場(時価)よりもあえて高い価格で取引する「高額売買(高額譲渡)」を検討するケースが存在します。

「安く売ると贈与税がかかるなら、高く売れば税務署には文句を言われないだろう」と思われがちですが、個人間の高額売買には「譲渡所得税が著しく跳ね上がる」という構造的な罠が存在します。

本記事では、親族間取引の実務に精通した専門家の視点から、個人間高額売買の正確な法的扱いと税務リスク、そして安全かつ効率的に資金を動かすための正しい代替スキームを詳しく解説します。

1. 【結論】個人間の高額売買で「みなし贈与税」は発生するのか?

まず、税法上の結論から明確に整理しておきましょう。

「個人同士(親と子など)」の取引において、相場より高い価格で不動産を売買したとしても、売り手・買い手のどちらにも「みなし贈与税」が発生することはありません。

税法上の理由

  • 買い手(子)の場合:時価3,000万円の不動産に対し、6,000万円を支払った子(買い手)は、自らの資産を多く差し出した立場です。誰からも利益や財産を「譲り受けていない」ため、贈与税(相続税法第7条等の低額譲渡規定)が課される余地はありません。
  • 売り手(親)の場合:親は時価より3,000万円多く現金を受け取っていますが、これは個人間取引においては「不動産の譲渡対価(売却収入)」として処理されます。法人取引とは異なり、個人間の売買において「高く売れた差額分を贈与とみなして売主に贈与税を課す」という規定は税法上存在しません。

したがって、「高く売買したらみなし贈与税が届くのではないか」という懸念自体は不要です。

2. 個人間の高額売買における「本当の罠(譲渡所得税の膨張)」

みなし贈与税がかからないからといって、高額売買にリスクがないわけではありません。最大の罠は、「売り手(親)に課される譲渡所得税・住民税が極めて高額になる」という点にあります。

実際の取引額「6,000万円」がそのまま売却収入になる

税法上、個人の譲渡所得は「実際に契約・取引した金額(総収入金額)」を基準に計算されます。

【具体例:適正時価3,000万円の実家を、子が親から6,000万円で購入した場合】

  • 売却収入(総収入金額): 6,000万円(※適正時価の3,000万円ではなく、実際の取引額)
  • 親の取得費・譲渡費用: 1,000万円と仮定
  • 課税対象となる譲渡益: 6,000万円 - 1,000万円 = 5,000万円

この5,000万円という巨大な利益に対して、売り手である親に譲渡所得税・復興特別所得税・住民税が課税されます。

親にかかる税率と税額のシミュレーション

不動産の所有期間によって税率は大きく異なります。

  • 長期譲渡所得(所有期間5年超): 税率 約20.315% ➔ 税額 約1,015万円
  • 短期譲渡所得(所有期間5年以下): 税率 約39.63% ➔ 税額 約1,981万円

もし相場通りの3,000万円で売買していれば、譲渡益は2,000万円で済み、長期譲渡であれば税額は約406万円で抑えられていました。無理に高額で売買した結果、約600万円〜1,500万円以上もの余計な税金を国に納めることになります。

「親へお金を渡す手段」として著しく効率が悪い

「子の手元資金を親に移して老後資金や医療費に充ててほしい」という目的で高額売買を行った場合、この税負担が大きな障害となります。

子が親に渡した「超過分の3,000万円」は、全額が親の老後資金として手元に残るわけではありません。その超過部分に対しても約20%〜40%の譲渡所得税が引かれてしまうため、国に多額の税金を差し引かれた後の残額しか手元に残らないという、極めて効率の悪い資金移動になってしまうのです。

3. 親族間取引における課税関係のまとめ(対比表)

親族間(個人間)における「価格設定」ごとの課税関係を正しく理解するための比較表です。

取引の形態価格の設定売り手(親)の課税買い手(子)の課税実務上の評価
① 適正価格売買相場(路線価〜査定額)実際の譲渡益に応じた譲渡所得税課税なし(適正取引)◎ 最も安全で推奨される
② 低額譲渡相場より「著しく低い」実際の低い金額で譲渡所得税時価との差額に「みなし贈与税」⚠️ 買い手に予期せぬ贈与税のリスク
③ 高額売買相場より「著しく高い」高額な売買収入全体に譲渡所得税課税なし(ただし大損する)⚠️ 売り手の税金が膨らみ資金移動として不効率

4. 親に資金を安全に残すための「3つの正しい代替スキーム」

「親族間売買で高値で買い取り、親に現金を残す」という手法は、譲渡所得税の負担が大きすぎるため実務上はお勧めできません。目的を安全かつ税負担を最小限に抑えて達成するための3つの代替案を解説します。

代替案①:売買は「適正時価」で行い、残りは「暦年贈与」を組み合わせる

不動産の売買自体は、複数社の査定等から導き出した「適正な市場価格(適正時価)」で正々堂々と契約・決済します。 その上で、親に資金を渡したい場合は、売買とは完全に分離させて「年間110万円の基礎控除(暦年課税)」を活用した生前贈与を数年に分けて行います。これにより、不要な譲渡所得税を発生させずに資金を移転できます。

代替案②:親から子への「金銭消費貸借(親族間ローン)」を活用する

もし「親の老後資金や医療費としてまとまった現金が今すぐ必要」という場合は、売買価格を吊り上げるのではなく、子が親に対して生活資金等を貸し付ける「親族間ローン(金銭消費貸借契約)」の形をとります。

  • 実務のポイント: 金銭消費貸借契約書を作成し、適正な金利を設定して口座振込で貸し付けます。将来、親が亡くなった際には、その貸付金残債を相続財産から「債務控除」として相殺することも検討可能です。

代替案③:リフォーム等による「正当な価値の上乗せ」

「どうしても相場より高い金額で売買契約を結びたい」という明確な理由がある場合(例:親が直前に数百万円〜数千万円をかけて大規模な耐震工事やフルリノベーションを行った場合)、その工事請負契約書や領収書を揃えておきます。

設備投資によって不動産自体の客観的価値が上がっていることを証明できれば、相場より高い売買であっても「正当な評価による取引」として扱われ、税務署から不自然な取引として疑われるリスクを解消できます。

5. まとめ:親族間売買で失敗しないための最終チェックリスト

個人間の高額売買は、「みなし贈与税」の心配こそありませんが、「売り手(親)の譲渡所得税が膨らんで結果的に家族全体で大損する」という落とし穴があります。

取引を実行に移す前に、以下のチェックリストを必ず確認してください。

  • [ ] 設定した売買価格は、周辺の市場相場や査定価格から大きく乖離して高くなっていないか?
  • [ ] 相場より高く売却した際、売り手(親)にかかる譲渡所得税・住民税の金額を試算したか?
  • [ ] 親の所有期間は5年を超えているか?(5年以下の短期譲渡の場合、税率が約40%となり大打撃を受ける)
  • [ ] 「親にお金を残したい」という目的の場合、高額売買ではなく「適正価格売買 + 暦年贈与(または貸付)」の組み合わせを検討したか?

親族間取引では、「安すぎても買い手が困り(みなし贈与)、高すぎても売り手が困る(高額譲渡による過重課税)」という両面のバランサーが必要です。自己判断で極端な価格設定をする前に、必ず親族間取引の豊富な実務経験を持つ不動産会社、税理士、司法書士などの専門家へ相談し、最も税負担の少ない安全な取引設計を行ってください。
      
北海道の住宅ローン審査や親族間売買については、次の公式ページで実務上の注意点まで解説しています。
親族間売買と住宅ローン審査対策|否認回避・手数料節約|北海道

[無料相談・お問い合わせはこちら

執筆・監修:田村 三平(代表あいさつはこちら
司法書士 / 宅地建物取引士 / 行政書士 / 1級FP技能士
「リーガル・ケアセンター」代表。
実務40年超、1万件の決済実績を持つ不動産と法務のスペシャリスト。

プロの強み:法務・不動産・金融を融合した高度な物件調査と契約書整備
得意分野:個人・親族間・離婚時の住宅ローン審査、任意売却と残債整理
対応領域:消滅時効の援用、借地借家の立退料請求など複雑な交渉

北海道内を中心に、単なる手続きに留まらない「血の通った解決策」を提案する「不動産とローンの駆け込み寺」として活動中。